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こまどり日記

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c0123031_634407.jpg2009/02/24(火)晴れ

こまどりの所属している
NPO法人 札幌シニアネットの理事長さんが 
先日(22日)、心筋梗塞で突然亡くなられた。

前日まで、役員の方々と 酒を酌み交わして
楽しくお喋りをしていたのに。

こまどりは、今までにも肉親、親戚、知り合いの
多くの人の死を見送ってきたが こんなに驚いたことはない。

どうしても あの笑顔、、柔和なお人柄、サロンでのお姿が
脳裏からはなれない。

“死”ってなんだろう。
肉体は抜け殻になっても 魂はいつもと同じように
サロンでパソコンを打っている後ろ姿があるような気がする。
あの、笑顔とハスキーな声がきこえてくる。

ちょうど、この日に 日本映画「おくりびと」がアカデミー賞にえらばれた。
日本の死生観を 美しく描いた映画であった。
死と生は同じものかもしれないとも言っている。
そう、理事長さんの魂は いつもサロンにきているよね。

以前、似顔絵を描かせていただいたことがある。
とても喜んでくださって 「名刺代わりやプロフイールに使わせてもらってますよ」と、いってくださった。

昨年「おくりびと」を見てのこまどりの感想
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by komadori2s | 2009-02-25 06:38 | 人物 | Comments(6)

雪舞

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2009/02/21(土)猛吹雪

19日(木)には
午後からフラのレッスン。

そして 夕方は厚生年金ホールで
「アカデミー・オブ・ハワイアン・アーツ」と言って
ハワイのプロのフラを見に行ってきた。
半年ほども前にチケットを買ってあったので 楽しみにしていた。

こまどりは フラは始めたばかりだが 生でみるものには 感動がある。
早い動きや 手、指の動きが美しかった。


雪舞

早朝4時ごろ 除雪車の 轟音で目覚めた。
カーテンの隙間から外をのぞいてみる、 まだ真っ暗闇である。
街灯の明かりに照らされたところだけ、雪が踊り狂うように舞っている。
キラキラした雪は風にふかれて渦をまいている。
なんと美しい光景だろう。

雪景色は見慣れているのだが
この光景だけは いつも見とれてしまう。

重たい雪に覆われた針葉樹の枝も つらそうに ゆさゆさと ゆれていた。

夕べから 天気予報では道内全土に暴風大雪情報が ながれていた。
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by komadori2s | 2009-02-22 11:23 | 生活 | Comments(6)

雪道

c0123031_519047.jpg2009/02/18(水)

自宅から 地下鉄真駒内駅まであるいて15分ほどかかる。
このところ、シニアネット・サロンまで毎日毎朝でかけている。

ここ真駒内は公園の中に団地があるような街だから大型車はすくない。
空気が澄んでいて 雪も汚れがなく純白である。

そんな雪道を 駅まで毎朝歩いていると、その日の天気によって雪質が違い
靴底に感じる感触を楽しんでいる。

今朝はとても凍れたので 雪はさらさらで 澱粉を踏むように キュッ、キュッとなる。

少し暖かな日は 三温糖という 薄茶色をした砂糖を踏みしめている感じ。
なんだか 甘ったるい香りまでしてくるようだ。
これは前日の暖かさで 雪に少しの泥水が混じったせいである。
なんだか大量の三温糖のなかを泳いでいるみたいな気分になる。

それより もっと温かい日になると シャーベット。
シャリシャリとした 水っぽい氷の粒を 踏みしめる。
透明の器に盛られた紅いシロップと氷を混ぜているようでこれも 甘い香りがしてくる。
が、このシャーベットは なかなか進まない。
一歩進むと、半歩下がる。
駅まで辿り着くのに いつもより 時間がかかるのである。

また、前日水のように解けた雪が翌日の寒さで凍ったときにはスケートリンク場になる。
この氷の上を歩くときには コツがあるのだ。

一気に、一呼吸で ハクセキレイの鳥のように つま先でツッ、ツッ、ツッと早足で渡ってしまうこと。
途中でとまると 反って危ない。

雪道を楽しんでいるうちに いつの間にか 2月も半ばを過ぎてしまった。
春も近くまできていることだろう。
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by komadori2s | 2009-02-18 05:26 | 生活 | Comments(10)

「セザンヌ主義」

2009/02/17(火)

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以前、ペイントで描いた絵ですが。

 先週、道立近代美術館で開催されている「セザンヌ主義」をみてきた。

観ているうちに”アレッ”と、思った。
と、いうのは セザンヌ以外の画家たちの絵も多数展示されているのだ。

音声ガイドで 解説を聞いているうちにわかってきた。
「セザンヌ展」と「セザンヌ主義」の 内容がちがうことに。

つまり、主義とは ”セザンヌ” に魅せられ、影響を受けた ヨーロッパと日本の巨匠たちの絵も 展示されているのだ。
例えば、ピカソ、ゴーギャン、安い曽太郎、岸田劉生・・・ 等など、の
絵もみることができた。

こまどりは、絵のふかいことはわからないが、わかりやすくて
癒される絵が好きである。
居間に飾っても ホッ!として 優しくなれるような絵がいい。

セザンヌの静物画で リンゴや梨、布、のあの円やかな曲線は
まさに こまどりの心を 優しくしてくれる。
筆づかいの呼吸まで伝わってくるような 気がした。
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by komadori2s | 2009-02-17 09:29 | その他 | Comments(4)

揺れる電車で

c0123031_21525341.jpg2009/02/13(金)

化粧(1話)

朝の9時ごろで通勤ラッシュの時間帯だった。

こまどりは一番端の座席に座っていた。
と、左斜めの視線の上に ロングヘアーの若い女性が立ったまま化粧をしているのがみえた。

この揺れる電車のなかで 上手に出来るものだなあ~と
感心しながら チラチラと 横目を使いながらみていた。

女性は顔は少し下向きにして目だけはパッチリと上目遣いで。
左手にバックと鏡をもち、右手でマスカラを睫毛にぬりあげている。

”オット!お嬢さん 手がぶれて右下瞼に 黒いほくろができたよ”
こまどりは可笑しくて いつの間にか じっーと眺めていた。

と、女性は こまどりの視線に気づいたらしい。
マスカラのしたから ジロッと、こちらを睨みつけた。

”あ~ら ごめんなさい、そのほくろが セクシーでお似合いなのよ~”


転倒(2話)

 こまどりは中島公園駅で降りるので乗降口の側に立っていた。
それほど混んではいなかったが 乗降口のそばには 7~8人が並んでいる。

駅に着いた瞬間 急激に停まり いつもより大きく揺れた。
みな一せいにヨタヨタと 右によろめいた。
こまどりはサイワイ足を開いて立っていたせいか 転ばなかった。

が、ひとりの男性が転倒した。
”ゴッツン~”という大きな音をたてて 連結せんの鉄骨のようなところに頭をぶつけた。
「あぁぁぁ~~~」と 皆が叫んだ。
お年寄りではない。
4~50代の お洒落なセーターを着てハンチング帽子を被った  しっかりとした男性であった。
よろよろと立ち上がろうとしている 姿まではみたが、

こまどりはここで降りなければならないので そのまま降りてしまった。
が、あのとき助けにいくとか、駅員さんに連絡をするとかを しなかった自分が悔やまれる。

あの男性はその後、どうしただろう。
もし、後遺症などのことを 考えると こういうときは自分で 駅に訴えたほうがよいのだろうか・・・。

翌日電車に乗ったときに 乗降口の廻りを眺めてみると、つり革はない。
空いているときには 座席の手すりなどに捕まる事はできるが、
混みあっているときには 捕まるところが ないんだ、ということがわかった。
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by komadori2s | 2009-02-14 22:02 | 人物 | Comments(6)

買い物袋

2009/02/09(月)晴れ
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ピーマンやにんにく、チーズ、ワインボトルなどが 美味しそうに写っています。

このところ環境にやさしくということで 
エコバック持参が浸透してきている。

友人の順子さんは高知へ旅行したときに素敵な買い物袋をかってきた。
「たかが買い物でもね お洒落な袋が大事なのよ」
「これ、写真印刷だけれど お洒落で モダンでしょう~」
「たったの1千5百円だったのよ」

と、言って嬉そうに 野菜や ワインボトル,英字の写真がプリントされた
たっぷりとした 大きな袋をみせてくれた。

順子さんは高知にすんでいる息子さんのところへ よく旅にでる。
そのたびに、札幌にはない 骨董品、食器、珍しい古布などを
割安でみつけてくるのがうまい。
この洒落た袋も 高知だから見つけることができたのであろう。

「うわ~、いいな、いいな、」
「わたしも、そんな袋をみたら 飛びついて買っちゃうよ~」
こまどりは 羨ましげにながめていた。

ある日、
こまどりは 札幌地下街のオーロラタウンを歩いていたら
かばん屋さんの前で足が止まった。

”アッ、順子さんの袋と同じのがある”
値段は1千2百円とついている。
こまどりは 値切って1千円にしてもらった。

順子さんは じだんだ踏んで悔しがった。

今日の買い物も たっぷり入って 肩に下げてきたら
リュックを背負っているような 感覚でとても楽チンであった。
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by komadori2s | 2009-02-09 22:07 | 生活 | Comments(6)

写真家

c0123031_18221652.jpg2009/02/08(日)
斜めに雪がふり続く


  右の写真は 『屋根の上の子ども達』 昭和10年

 今日2月8日(日曜日)、
教育テレビの 朝9時からの「日曜美術館」をみて感動で胸が熱くなった。

「カメラが私の日記帳」と題して

旭川の隣町 東川在住のまだ無名の写真家・
飛彈野数右衛門(ひだのかずうえもん)さんが、紹介された。
享年94才、2008年12月30日逝去なさっているが。

戦前の14歳のころから(昭和3年ごろから)撮り始めて
家族、町のようす、なにげない人々の生活、出征兵士、などの膨大な量の写真を 80年間撮り続けた。

現在、氏の写真展が下記のところでひらかれている。
東川町文化ギャラリー(北海道上川郡) 1月6日~2月16日

ゲストの 写真家 勇崎哲史さんが絶賛していた。
「これは東川町の財産だけではなく、日本の宝ですよ」
「昭和の歴史そのものです。」
「写真展などの応募はいっさいしないで 写したら すぐに相手のかたに贈るのが氏の楽しみだったんです」

またもう1人のゲスト 立木義浩氏は
「狙ってとった写真は どこか くさいんですよ、が氏の写真にはそれがない、自然体なんです」
「人間性ですね、素晴らしい写真家です」
と、熱弁をふるった。

こまどりは 写真のことは あまりよくわからないが、人物写真が好きである。
例えば 日に焼け皺が刻まれた農夫とか、漁師、子供の無心な表情からは、
人生や、心理などを想像させてくれる。
が、今は個人情報漏洩で 顔写真はみられなくなった。
さびしいなあ~。

氏の写真には そんな人物写真がたくさんあった。

とくに涙を誘われたのは
氏自身も 17歳から何度か出征している。
船中で若い兵士たちの 雑魚寝の光景、鉄砲をかついで疲れた姿の光景、
南京の街並みなど・・・。

戦場の写真を持ち帰るには大変な危険がある。
フイルムを持ち帰ることはできないので 密かに丼に薬品を流して写真にしてから持ち帰ったそうだ。

又、東川町でもたくさんの 戦死者がでた。
 棺をだいた家族の葬儀の参列では
正面からは撮れずに 建物のなかの窓から 遠慮ぶかげにとっている。
写真の右側には窓枠が写っている。
飛彈野氏の 悲しみのすすり泣きが 聞こえてくるようだ。

こまどりは涙が溢れてきた。
綺麗な心の人物と出会って とても嬉しかった。

 氏の紹介を見ることができます。
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by komadori2s | 2009-02-08 18:26 | 人物 | Comments(4)

美容院

c0123031_19404285.jpg 2009/02/07(土)
晴れ


パーマをかけるのに 以前住んでいた 近くの美容院まで行ってきた。
車で20分ほどのところにある。と、いうのは こちら(真駒内)に転居してきて一度近くの美容院へ 行ったのだが どうも今ひとつしっくりしない。
それは、以前は 美しい女性の美容師さんで とてもセンスが良くてうまかったからである。
今日は、少しカットをしてからパーマをかけた。
跳ねた感じで 動きのある、髪型にセットをしてくれた。
なんせ、薄毛になっているので 少しでもボリューム感のあるようにして欲しいのだ。
満足まんぞく・・・。が、今日はどこもお出かけがない、夜寝るだけなので潰してしまのがおしいなあ~。
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by komadori2s | 2009-02-07 19:43 | 生活 | Comments(8)

雪祭り

2009/02/06(金)
 大雪
 

昨日5日から“札幌雪祭り”がはじまった。c0123031_15235313.gif
ことしも雪祭りの雪が少なくて 雪像は作れないのでは・・・?
などとと、心配していた。
が、自衛隊がどこかから 雪を運んできて ちゃーんと
立派な雪像ができてしまう。

そして、いつも決まったように雪祭りが終わった頃に
ドカ雪がふる。

ことしも今日の“雪祭り初日”に雪が 一日じゅう降り続いた。
綿雪が隙間がないほど 真っ直ぐ天から降りてくる。

子育ての頃は よく見に行ったが,この頃は人混みにはいると疲れてしまう。
 テレビで見るだけになった。

今日は美容院へ行く予定だったが
あまりの 降りしきる雪で 中止にした。
天気が良かったら明日にしよう。
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by komadori2s | 2009-02-07 19:38 | 生活 | Comments(2)

c0123031_0165039.jpg 2009/02/04(水)

ご両親が作家 新田次郎、藤原テイさんの お嬢さんが 藤原咲子さん。
「国家の品格」などの著書でも人気のある 数学者でエッセイストでもある
藤原正彦さんは次兄である。
正彦さんのエッセイのなかで 妹は自閉症であるというような箇所を以前、私は読んだ記憶があった。

咲子さんの著書 「父への恋文」、「母への詫び状」を読んでみて
たしかに中学生のころまではあまり喋らなかったらしい。
が、それは不思議にも1歳のころの 戦地から引き揚げ時の 過酷な体験を体が記憶していたらしい。
それが母への反抗となり 咲子さんを苦悩させていたようだ。
母テイさんの書いた 当時ベストセラーにもなった 「流れる星は生きている」 に詳しくかかれている。

全編に流れる咲子さんは 繊細である。
父親から
「お父さんが死んだらね、作家新田次郎はこんなふうに原稿を書いていたって、しっかり作品に残すのだよ」
と、子供の頃から 文章指導をうけていた。
父娘の あたたかで深い愛情に包まれた絆には 仄々としたものを感じる。
妹咲子さんからみた 次兄正彦さんが おもしろく描かれている。
例えば
父新田次郎氏が小説の題名を決めるときには
かならず子供である家族みんなに相談をして、一番よいのを採用していたそうである。
その時は ほとんど正彦さんの提案が採用されたそうだ。
『「八甲田山死の彷徨」も正彦兄の提案ですよ、父の本の題名はほとんど 正彦兄ですね』
『正彦兄は お喋りなんですよ』
『私のは ひとつも採用されませんでしたね』

それから、「藤原正彦は世界一の数学者だ」と いうような落書きを家じゅうのいたるところにかいてあったそうだ。あの、凛々しい正彦氏が、と思うと 私はおかしかった。
あれほど気丈な母、藤原テイさんも晩年には 認知症になり
咲子さんのやさしい保護のもとで すごされたようだ。
読み終えてみて この藤原一族の先祖からの優秀な DNAが
脈々と引き継がれてきていることに 敬意を表した。

藤原咲子さんのこと
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by komadori2s | 2009-02-04 00:18 | 読書 | Comments(6)